東へ西へ・旅行の記録

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6月の台湾・タロコ峡谷

 夏の台湾に旅行しました。
 添乗員は無し、現地係員付きで台北に3泊4日のツアーです。
 台北に三連泊で、タロコ峡谷、台北、淡水とまわるコース。
 ツアー経費が格安だったので、ホテルはグレードアップにしました。圓山大飯店です。

 2009年6月、妻と二人で出発しました。

台湾

 2時ころ空港でラーメンを食べ、4時の便で台北に向かう。3時間くらい。
 途中、機内食。
 7時過ぎに台北、桃園国際空港に到着。

 入国審査の前に、マスクの人間たちが待ち構えている。新型インフルエンザの検疫検問だ。おそらく赤外線モニターだろう。
 私一人だけ、コーナーに誘導される。
 耳穴検温でクリアして、釈放された。1分もかからなかった。風邪気味でもないし、長い通路を歩いて顔が上気していたのだろう。だが、運が悪かったら妻と離れて隔離されたかも知れない。妻も緊張していた一分間だったようだ。
 迅速で正確な検温で良かった。
 
 当初に決まっていた中華航空が直前にエバー航空に変わって時刻も20分遅くなっていたのだが、予定時間が変わったせいか、現地係員がいない。皆やきもきするが、十数分後にやっと現地係員と合流する。

 バスで出発。ツアーの指定ホテルで下ろしてからグレードアップに行くので、圓山大飯店には8時半に到着する。
 迎賓館としても使うだけあり、我々の部屋でさえかなり高級な調度、廊下などは巨大な中国画が飾ってある。

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 広いロビーに、3mくらいありそうな巨大な胡蝶蘭

 持参の食料とビール少々。10時くらいに寝る。
 ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 二日目。
 5時半に起き、周辺を散策する。

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 部屋のバルコニーから。

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 各部屋に付いているバルコニーは横に見渡すとこんな感じ、広い。

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 はるか遠くがホテルの門。
 大陸で共産党に敗退した国民党が中華民国を台湾に移し、その後に迎賓館として建てたのが、この圓山大飯店。
 国民党独裁でしたから国営みたいなものだったのでしょう。地下には脱出用の2kmくらいのトンネルがあることを、ホテルのHPで認めている。

2009_0607_071411.jpg
 正面の外観。

 7時半朝食、8時にバスとせちがらい行程。
 台北駅から鉄道、特急自強号で、台湾島東岸の花蓮(ホァーレン)に向かう。2時間余り。
 私たち夫婦の席に若い男二人が座っていたが、切符の番号を見せて、席の番号を指さすと、挨拶は特に無かったが即席をあけた。
 在来線の特急であるが線路幅が狭軌道ではないので、席の幅も席の前後も、日本の新幹線よりも広い。
 台湾は国民党以前から住んでいた本省人が最も多数で、次いで国民党と共に移住した外省人、そして台湾先住民である高地民族が住んでいるが、高地民族は中部高地と東岸に多い。
 もちろん、高地民族と言っても中世までは海岸平地に多く住んでいたが、福建省などからの本省人に同化吸収されてしまったのである。

 11時過ぎに花蓮到着。ここからは地元の貸切バスに乗る。
 大理石工場を見学。切り出した大理石を板の形にしたり、製品にもする。日本の大理石は殆んどが台湾産だという。

 いよいよ、タロコ峡谷。
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 想像を絶する断崖と絶壁。

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 軍用だったとは言え、よく道路を作ったものだ。地質はほぼ大理石と言う。
 道路は狭く、大変危険。現地係員によれば、タロコ峡谷は必ず慣れた地元のバスにするそうだ。

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 休憩所にあった蒋経国の胸像。このタロコ峡谷の道路掘削を進めたためである。だが、高地民族に好まれはしなかったようだ。
 蒋経国は若い頃から十数年モスクワ留学し、ソビエトの国民党支持のシンボルだったらしい。李登輝によれば、非常に怖い人物だったと言う。結局、李登輝を後継者にしたのは、この、蒋経国である。

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 ここに道路を作って東岸と西岸を結ぼうとしたのだ。蒋経国の考えだと言う。大理石だからなんとか可能か。

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 峡谷の遠景。写真ではよくわからないが、中腹には山を削って高地民族の通路が作られている。

 昼食は台湾郷土料理、飲茶のような感じ。
 昼食会場の下のフロアが大理石土産品の陳列販売場。土産品と言っても置物、家具などで数十万から数百万円である。(誰か買ったのだろうか?)
 店の横手に2m角くらいの大理石原石が二つ。

 バスを背景に写真を撮っていたら、ツアーの別な夫婦が「撮ってあげます」とのことで、私は帽子なしでやや10分か15分か日なたで立ち話。バスに乗ってエアコンにあたると、頭が熱くなっているのに気づく。
 そうだ、タロコは日の差さない峡谷だった。ここは熱帯。しかも北回帰線の近くですから、6月は赤道直下でありました。
 
 帰りも特急自強号で台北へ。
 夕食は車中で「日本風駅弁」とのことだったが、あまり日本風ではなく、駅弁風でもなかった。ご飯の上に豚肉2枚と脇に果物その他など。中国風というか一般アジア風弁当と言う感じでした。
 
 夜、ホテルに帰着。
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 夜8時ころか花火をやっている。バルコニーから花火を撮る。

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 2階がVIPフロア。ここに明らかに日本人と思われる老夫婦が泊まっていた。外国人なら気づかないような軽く礼儀正しい細やかな会釈と、聞こえないくらいの挨拶。

 10時半くらいに寝る。
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