東へ西へ・旅行の記録

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(18)イスタンブール アヤソフィア

 アヤソフィアに向かいます。

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 広場の角に消防車?
 やはり消防車で、物置くらいの大きさのボックスにボヤがあったらしく、消火した後でした。
 きっと、不心得者がタバコの吸い殻をきちんと消さないで隙間に詰めたのでしょう。

 ブルーモスクが現在もイスラムの礼拝会堂であるのに対して、アヤソフィアは現在は博物館となっています。
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 オスマン帝国がビザンチンを征服して以来イスラムのモスクとされてきましたが、その間偶像禁止のイスラムは聖画、レリーフなどは布や石版で覆うなどし、ほとんど破壊しなかったとされています。
 このことはは700年を経て残っていることから事実です。
 アルハンブラの王宮を完全破壊して新宮殿を建てたどこかのキリスト教徒とは、文化の程度に天地の差があります。

 現地ガイド氏が外は雨だといっている。

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 2階は普通の4、5階くらいの高さになるのか、階段でなくゆるいらせん坂道を歩いて2階に出ました。
 どっしりと足が重くなりました。

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 大天使ガブリエル。東ローマ時代の壁画が残っていたもの。

 現存するアヤソフィアは6世紀初めにユスティニアヌス1世により建設され、正統派キリスト教の文字通りの大聖堂として使われたもの。
 西ローマ帝国が滅亡し、西欧はゲルマン蛮族に蹂躙されていた時代。
 ユスティニアヌスは「ローマ法大全」を作らせた功績者でもあった。
 オスマン・トルコのビザンチン征服により、15世紀から第一次大戦後まではイスラムモスクとなっている。
 スペインのイスラム建築とは逆の歩みだったわけである。

 アヤソフィアから地下宮殿はすぐ隣です。

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 地下宮殿の入り口です。
 元々あった地下ホールを、これも6世紀初めユスティニアヌス帝が掘り下げて地下浄水場にしたもの。
 
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 柱廊です。

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 まさしく地下宮殿。

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 柱の根元を支えるメドゥサ。

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 隣には逆さのメドゥサ。

 イスタンブールはローマ以上に非常に古くからの都市なので、今後も都市開発などの工事で遺跡が出てくれば収拾がつかないほどかも知れない。
 最古の遺跡は紀元前7000年の新石器時代に遡る。
 最初の都市は紀元前8、9世紀トラキア人の町リゴスとされる。
 紀元前6世紀ころはペルシャによって既にビザンチオンの名で知られている古代都市であった。 
 4世紀にコンスタンティヌス帝によってローマ帝国の首都とされる。
 15世紀にオスマントルコ帝国が征服し、現在は都市のの中心街的な意味である「イスタンブール」となっている。
 長い歴史の間にほとんど壊滅的な破壊に会わなかった都市である。
 
 遺跡がいくら出ても不思議ではない。遺跡が出ても工事など強行しているのでは、と気になります。
 
 外は雨は止んだものの、強風です。
 
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 イスタンブールの路面電車。4両接続くらいでゆっくり走っている。

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 広場のオベリスク。テオドシウス1世のオベリスク。
 どこかの国のように他国から徴発したのではありません。
 トルコのオベリスクです。

 5時半。夕食は中華料理店。
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 美味しい店でした。
 西洋も中東も味覚は日本とはかなり違うので、中華料理店が世界にあるのは助かります。なかには現地風で脂っぽ過ぎたりの店もありましたが、この店は美味しかったです。
 
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 店から出て帰り道。夕陽に照らされたブルーモスクと6基のミナレット。

 7時過ぎにホテル着。
 とりあえずは外の散歩をと、近くの200mくらいというタクシム広場を目指し外に出ました。

 車道は賑やかなのですが、歩道は意外なほど暗く、所々が細くなったりします。
 途中で事故の前部破損車。あちこちで救急車。
 暗闇から「ワンシガレット」とキツイ声で、のっそり小柄な中年男が表れました。二度くらい言いました。
 妻が「お父さん、気をつけて。タバコは禁止だと言ってるんだよ。きっと。」というので、私もあるいはと思い、消して携帯灰皿に仕舞ってみせたのですが、まだ同じことを言っています。
 やっぱりそうか、と一本上げて、ライターを貸してあげました。
 彼はライターを返すや、手元の箱を見せて相変わらずキツイ口調で「シューズ云々」。
 もちろん断り、さよならしました。
 原因は、人にタバコをせびるのに、「威張って言うな」につきますね。
 トルコ人のトルコ語は店員にしても給仕にしても、無愛想なのですが、それだけでなく、きつい感じで威張っているような口調が目立つのです。
 タクシム広場に到達しましたが、どうも歩道の狭いところなどに男がじっと座り込んでいたり、怪しいのでホテルに引き上げました。

 和漢薬を飲んで、チーズサンドを食べました。
 
 10時半就寝。
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