東へ西へ・旅行の記録

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(9)バルセロナ グエル公園他

 7日目。6時に起きて、散歩して7時朝食。

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 朝食会場。種類が多い。

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 こんな感じ。果物とハムが豊富。

 9時前に出発。

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 スペイン広場の柱廊。

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 カタルーニャ広場。右手の大きな建物が百貨店コルテ・イングレス。奥がグラシア通りになる

 アントニ・ガウディの作であるカサ・バトリョ、カサ・ミラ、グエル公園、そしてサグラダ・ファミリア(聖家族教会)へ向かう。

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 グラシア通りのカサ・バトリョ(バトリョ邸)。19世紀の建物をガウディが大改築したもの。1906年完成。

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 ガウディは極力直線を廃して曲線を主体に造形する。

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 同じくグラシア通りのカサ・ミラ。1907年完成。さらに曲線が強調された彫刻的な造形による芸術性の追求。現在はガウディ建築の博物館になっている。

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 グエル公園。

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 スロープ下の回廊。

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 ガウディが住んでいた住宅。

 アントニ・ガウディは1852年タラゴナ県で銅細工師の家に生まれ、修道院系の高校を出た。20歳からバルセロナの建築学校で学びながら建築事務所で働き、装飾などに関わる。
 1878年建築士。1883年からサグラダ・ファミリアの建築を開始する。1914年以降は宗教関連施設以外の仕事は断る様になる。
 1926年路面電車に轢かれる。浮浪者と思われて手当が遅れ、3日後に亡くなった。

 ガウディは建築申請用の図面や説明用の概略図面以外には、ほとんど図面は作らず、数量計算はほぼ無しで、模型によって職人や作業者に説明してゆく方法をとっている。

 グエル公園はグエルがガウディに依頼して1900年から造成した分譲住宅地の公園施設。住宅は60軒作られたが、グエルとガウディが買ったのみだった。
 1922年にバルセロナ市が買い取った。

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 上の広場。

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 タイルを多用している。

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 ベンチ。置いてあるザックは他の観光客のもの。

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 上から見た公園入り口。

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 広場下の柱廊。

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 総てタイルの天井。

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 チップをもらってギターを弾く人。
 
 次はサグラダ・ファミリアです。
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